上野の森美術館で開催されている、ダリ回顧展のエンドが近づいきていたので、先日行ってきた次第。
平日の、しかも時間は夕刻の4時だったので、結構ゆっくり鑑賞できるだろうと期待して行ったのですが、その思いは儚く消え失せる結果に。。。
何しろ人が多い。しかも若い人の多さに少々驚かされたのと、カップルの多さにまたまた驚かされました。
ニットキャプにサングラス、ダウンにジーンズの男の子と、手に手を取り合ってる連れの彼女は、エクステヘアーにフェイクファーのショートコート、寒さもぶっ飛びそうなジーンズのハイパーミニスカは勿論ヘソ出し。足元はお決まりのブーツで決まりです。
まあ、一見美術館をクラブと間違えたんじゃない?的な風貌ですが、これがなかなか、結構ダリの作品に見入っているんです。
まあ他の美術館や展覧会ではあまり見かける事の出来ない入場者達かもしれませんが、「20世紀の奇才」と称されたダリならではの光景かもしれません。
ダリは物理学や心理学にも興味を持っていただけでなく、精通もしていたようで、とりわけフロイトやアインシュタインの影響が強く、フロイトのリビドー理論やアインシュタインの相対性理論、それに原始物理学を、キャンバスに表現していたものもいくつかありました。
興味深かったのは、初期の頃から作風に一貫性がなかった事です。
時系列で作品は展示されていたのですが、いかにもダリらしいシュールレアルリズム確立前のタッチは、同一人物の作品と判断しがたいほどの幅を持ていたように感じました。
ただ色彩には共通点があったように感じました。
それは光と陰の表現なのですが、ダリの表現は「陰」をイメージさせる為の「光」と、強く感じました。
光そのものの表現にこだわったフェルメールと対局ですね。
そして色が皆、どこか乾ききってる、すごく乾いた色なんです。
スペインは強烈な光と深い陰が特徴の国で、それはそのまま生と死を意味し、それをスペインの人々は極めて自然に受け入れて生活しているというような事を、何かの書物で読んだ記憶があります。
あの乾いた色彩は、そういったスペイン人ならではの人生観にもよるところがあるのかと思えました。
ただ俺だけは間違いないだろうと感じたのが、もし仮にダリが現代に生きていたのなら、彼は自己表現の道具を筆とキャンパスに求めずに、マウスとMacを選択していたであろうという事です。
ダリの創造したCGも見てみたかったですね。
早いもので、今年ももうそんな季節です。
子供の頃は、母方の実家が菓子製造業だったので、この時期には食べきれないほどのクリスマスケーキを頂き、贅沢にも「今日もまたケーキ?」などと言ってた事を思い出します。
まあ基本的に仏教徒の多い日本ですが、ハロウインとは違いクリスマスだけは、全国的に、ごく自然に年間イベントとして定着していますね。
12月になると、いや近年は11月からもう始まるところも多いですが、各地で競ってクリスマスイルミネーションが展開されます。
そんな中、僕の一番のお気に入りは、「恵比寿ガーデンプレイス」のクリスマスイルミネーションです。
なんといっても、世界最大級のバカラのシャンデリアの美しさは、このロマンシックな季節を加速させてくれます。
「恵比寿ガーデンプレイス」は比較的大人の集う場所で、好きですね。
このムービーは、多分2、3年前に作ったものです。
当社のプロのカメラマンと寒空の中、六本木ヒルズの欅通り、恵比寿ガーデンプレイス、代官山アドレスのイルミネーションを、鼻水をすすりながら撮影したのが思い出されます。
行き交う人々の、その多くは美しいイルミネーションの中を、肩を寄せあいながらロマンチックな一時を過ごしていましたが、こちらは男二人で機材を担いで寒風の中ベストポジション探しに奔走してました。
体を温めるはずの缶コーヒーも、単に利尿作用を刺激するだけで、やはり肩を寄せあって歩けるロマンスに勝る暖かさはない事を再確認した次第でした。
その身も凍るような撮影の努力を、少しでも成果のあるものにしたいという思いで制作したのが、このムービーです。
曲作りは、かの名曲、山下達郎の「Christmas Eve」を超えるべくアーティスト魂を燃え上がらせたのですが、所詮この辺が限界のようです(笑)
僕の親しい人たちが、今年もまた素敵なChristmasを過ごせますよう祈りながら、このムービーを僕からのささやかなChristmas Presentにさせて頂きます。
どうぞ、ロマンチックで素敵なChristmasをお過ごしください。
10年前に母を亡くしてから、毎朝、般若心経を上げるのを日課としてきましたが、それ以来、「禅」に興味を持ち始めました。
いつか機会があったら、是非座禅を組みたいと思い続けてから8年目。
昨年の1月から週に一度、茗荷谷にある林泉寺という寺で毎週水曜の夜に開催される座禅会に、都合のつく限り参加させて頂いています。
その座禅会に初めて参加させて頂いた日、和尚様から座禅の心得を教えて頂きます。
その講話は、六十畳敷きほどの和室で一時間半ほど頂戴したのですが、その間終止正座です。講話の途中で何度か、苦しいようであれば足を崩してもかまわないと和尚様から言われたのですが、参加者の誰一人その言葉に素直に反応する人はいません。
僕も右同じく、正座を続けましたが、さすがに一時間超の正座となれば、高校時代のクラブ(吹奏楽部)のしごきの一環?ないしは精神力の増強の為かの判断は未だにつきませんが、なにしろ数十年ぶりの体験に、有り難い和尚様の講話は耳に入る直前でUターンし、かわって冬という季節にも関わらず、脂汗が額に滲んでくる始末。
そのような状況下では、なかなか和尚様の講話を理解することは至難の業でした。
ただ、印象に残った言葉がいくつかあります。
その中の一つに「座禅を組んでも、悟りも開けなければ、ましてや超能力等とは無縁である。ただ、姿勢を整え、呼吸を整え、心を整え、約40分間(線香が一本燃え尽きる時間)、微動だにしないと言う肚を決める事が大切である」というのがあります。
自分の意識(表層意識ですね)がはっきりしている状態で、約40分間もの間、動かずにずっと同じ姿勢を保っているという行為は、多分産まれて初めての体験になると思いました。
そして今年の三月末に父が帰らぬ人となりました。
それからは毎朝の般若心経の読経だけでなく、2年間の林泉寺での座禅会への参加の中で覚えて行った、開教偈(かいきょうげ)、懺悔文(さんげもん)、三帰礼文(さんいらいもん)、四弘誓願(しぐせいがん)も一緒に上げ、それと大悲呪という教典も、黄檗宗の僧侶に嫁いだ亡き母の親友からの教えに従って読経しています。
そしてその一連の読経を終えてから、座禅を組んでいます。
さすがに朝の時間帯に40分間の座禅は難しく、20分で燃え尽きる線香の香りがなくなるまでの間の座禅を、日課としています。
今では、この一連の読経と座禅が朝夕の日課となっています。
週に一度の座禅会への参加から、毎朝夕の日課となった座禅と読経の感想は、追って報告します。
僕におニューのMacが届いたとなれば、友人知人が真っ先に期待するのは、外観のカスタマイズでしょう。
記念すべき僕とAppleの物語の始まりの引き金になったMacintosh SEは、本体、キーボード、マウスに至るまでのFerrari Redに仕上げ直されました。
PowerBookG3 Lombardでは「打倒Vaio」を掲げて、全体をアルミのカッティングシートで被い、さらに真ん中のゴム地の部分はニーディック社製の最高のブラックベルベットに変更し、アルミのストイックな感覚とベルベットの滑らかな質感が何とも大人な雰囲気を漂わせる一台でした。
その後継機のPowerBookG3 Pismoは過去のカスタマイズの作品の中でも、傑作中の傑作と自負してる一台です。
誰が呼んだか知りませんが、その名も「カワーブック(革bookといいたいのでしょう)」
そう、読んで字のごとく総革張りのMacです。
Appleのデザインセンスはスピンドラー、アメリオがCEOを務めた悲劇の時代を除けばピカイチと思てる僕に取って、特にジョナサン・アイブがデザイン担当になってからのプロダクトはより磨きがかかったように思えます。
歴代のプロダクトの中でも貝をそのモチーフにしたクラムシェルデザインのPowerBokG3シリーズは最高傑作の一つでしょう。
ラップトップという機能としてのデザインに制限がある中で、あの「曲線のよな直線、直線のような曲線」を用いた筐体は、まさにsexy! cool!につきます。
余談ですが、Appleには日の目をみない秀逸なプロダクトがいくつかあります。
その中でも是が非でも出して欲しかった!!と未だに心残りなものが「Mind Top」と呼ばれるモバイルマシンです。
Webページでも確認できますが、これが1990年代初頭に企画され、さらに単なるモックアップモデルとしてではなく、市販品としてその発売が予定されていたという事実を知ると悔しさ桁違いです。
僕も同じくMacPowerで初めてこのMind Topを目にしたのですが、その衝撃は未だに忘れる事が出来ません。
あろうことかこのマシン、本体の裏側には無論取り外し可能な携帯電話までついていたのです。もうモバイルの究極の形ですね。このコンセプト、そしてこのデザイン、起草した時代から15年経た今でも鮮度とユニークさは全く色あせていません。
Mac mini好調のおり、iBook miniが出るのでは?との噂はWebで一向に消える事もなく、またiPodの進化形としてのiPhoneの噂も右同じくです。
是非、今この21世紀に20世紀末にApple内で企画され、日の目を見ないままにその名前すら忘れ去られた感のあるMind Topを蘇らせて欲しいと願うのは僕だけでしょうか?
ちなみにこのMind Topのデザインを担当したのはGuy Kawasakiこと、川崎和男氏です。
本題に戻ります。
そのPowerBookG3のデザインの素晴らしさに敬意を表して、更なる「色気」を求めたのが「革Book」でした。
とくとご覧あれ
その後、PowerBookG4になり「PowerBookは黒」というコンセプトを破り、当初はチタニューム、その後アルミニュームをまとうのがPowerBookのコンセプトになりました。
これはMacを「i」と「Power」に区分けし、外観からもはっきりその違いが認識できるよにする戦略の一環と思われます。
デスクトップ、ラップトップにかかわらず「i」はポリカーボネイト、「Power」は金属というルールが出来上がっています。
余談ですが、PowerBookの筐体が金属に変更されるにあたって、ジョブズは猛反対。PowerBookは黒でなければならないと頑として譲らなかったとか。。。
まあ、心情的にはそうですね、やっぱりAppleのラップトップは黒がお似合いという気がしますね。
しかしアルミのPowerBookを手にして、さすがにそれを全部黒に変えるには、その方法も手段もわからなかった僕は、以外にあっさり「金属PowerBook」を認めて、そのストイックなマシンにどう手を施したらsexyに、artisticになるかを考え、その結論がこれです。
口の悪い友人やスタッフは「PowerBook 岡本太郎バージョン」などと呼んでいますが、まあいわれてみるとそう見えなくもない(笑)
ただ凝り性の僕はNokiaの携帯も、さらには自宅のパーティションもこの岡本太郎ばりバージョンに作り替えました。
で、この度もMacBookProのカスタマイズに興味津々な友人知人の皆々様に、その期待を粉砕する先制パンチです。
「この度は当面カスタマイズする予定はありません」宣言。
まあ、凝り性の性格を一番知ってるのは自分自身ですから、この忙しい時期に下手にカスタマイズに手を付けると、物事のプライオリティを完全に見失って、そのことばかりに終始している子供のような自分が容易に想像できるから(笑)
どうぞ、ご理解のうえご了承ください。
ただ今回15インチのMacBookProになって、はたと困ったことが生じました。
過去のPowerBookG4が12インチだったために、イナーケースはじめ、キャリングケースがほぼ全滅です。
移動、出張の多い自分に取ってこれは致命的。
まあ、キャリングバックは適当なものがあるにしても、MacBookPro自体を保護、ガードするなんらの仕掛けは必要です。
前のメインマシン、PowerBookG4もバード電子ではなかったような気がしますが、プロテクタをつけて筐体の強度を増すようにしてました。ちなみに岡本太郎風カスタマイズはそのプロテクタに施されたものです。
で、色々探していたら「これはいいかも!」というものに巡り会い、早速注文をし、昨日届きました。
その名も「MacBookPro用 アルミインナーケース(縦型/横型)」
思えば、今までなんでなかったんだろう?的なneedsプロダクトですね。いくら緩衝材使用のインナーケースでも所詮一定度の力以上のものにはその意味をなしません。同じことはアルミにもいえますが、その限界点がずっと高い。
さらに説明によるとインナーケースとして使用しない時は冷却台としても使えるとの事。
Webを調べると初代MacBookProに比較して、Core2Duo搭載の新しいMacBookProは放熱性がかなり改良されてるとの報告があります。
これは僕自身も感じてる事です。ただ僕の場合その比較対象がPowerBookG4で、またまたこのマシンが常時異常高熱放出で有名でしたから、当たり前といえばそれまでですが。
まあどちらにしても冷却台はないよりはあるにこした事はないですから、その使い方のセールスポイントも購入の意思決定に大きく影響を与えました。
ということで、これが現物です。
縦入れ型と横入れ型があるのですが、どんな形状のキャリングケースにも対応出来るように開口部の小さい、縦入れ型を選択。
動かないようにオシャレなブックバンドでもあるとベストですね。
MacBookProを入れるとこんな感じ。
勿論中はスポンジ状の緩衝材で覆われていて、さすがに専用をうたうだけあって、しまい込むとジャストフィット。
真ん中に鎮座してるのがMacBookProで右手身見えるSAMSUNG SyncMaster171P by F.A.PORSCHとDVI端子でつながれています。
左が先月までのメインマシンPowerBookG4。クラッシックアプリケーションが必要な時は、これなくして進みません。
その他、LacieのこれまたPORSCH Designの外付けHDDやXacti、それにiPod Shuffleなどが顔を揃えています。
11月1日、ちょうどお昼の12時。クロネコヤマトから荷物が届く。応対に出ると大きく過ぎず、かといって小さくもない荷物が。。。「○○様、Appleから荷物です」「?!!!」
ひとまずサインを済ませ荷物を受け取る。過去の経験からいってAppleからの荷物は福山通運以外から受けた記憶がない。ましてやラップトップマシンにしてはやけにうすい外箱。。。「MacBookPro??」やや疑心暗鬼で箱を開ける。
確かにMacBookProだ。それにしても箱が小さい薄い!
まずは付属品がきれいに収まっています。
これが本体と付属品のすべて。
取扱説明書関係は限りなく薄う小さくなってきています。
余談ですが、Macを購入する度についてくるクーポンですが、あれってどうやって使うんでしょう?
もうMacintosh SE依頼、数十台のMacを購入していてクーポンも沢山ありますが、一度も使ったことがありません。
と、到着から開封までに気づいたことは、運送会社がヤマトに変更(それとも福山通運と併用かな?)になったことと、パッケージが一層ダウンサイジングされたことです。
特に薄さは特筆もので、そういえばAppleのノートはことあるごとに薄さを強調してましたから、パッケージもジョブズの鶴の一声で薄さへの改良が加えられたかも、って感じですかね。
Apple Storeで見慣れたワイド画面も、自分のマシンと思うと妙に新鮮だったりして。。。
この「2」の入ったプロセッサを待ち望んでました。
メモリも2 GB
当面何の問題もないでしょう。
HDDは日立製。
現在考えることができる最も信頼できるHDDメーカーの一つです。PowerBookG4での100GB HDDの空き容量が数GBになっていたを考慮して、容量は5400rpmでのマックス160GBにしました。
でもBootCampでWinをインストールしたりすると、この容量でもそんなに余裕はないかも。。。
光学ドライブは松下製。
これも安心できるベンダーですね。
ということで、今回は到着からシステムロフィールまでを報告です。
使用感や新たなギミック、Core2Duoの実力やロゼッタの印象、それにアプリの動作速度などは次回に報告します。
約一週間の使用でかなりマシン自体も安定してきましたし、使えるアプリや、残念にも動かないペイン関係にも詳しくなりましたから。
音楽ネタをもう一つ。
実は11月1日に待望のMacBookProが到着したので、本来ならばその報告を早々にお届けしたいのですが、その前にコメントをいただいた音楽関係ネタに嬉しくなり、柳の下のドジョウ狙いで僕の作品をもひとつご披露いたします。
この曲は弊社のとあるプロジェクトのBGM用に作曲したものです。
そのプロジェクトはブライダル関係でしたが、プライダルといえば喜怒哀楽の「怒」を除いた要素が凝縮された、まさに数時間のドラマを見るようなものです。
喜びの宴のエンディングには必ず、巣立っていく娘と両親の想いがまるで静寂の水面に投じた小さな石の波紋の様に広がり、涙が涙を誘うというドラマが待ってます。そう、それは結婚式の披露宴で最後に用意されている、新郎新婦からの両親への花束贈呈。
今回ご披露する曲は、このクライマックスの場面を想定して作りました。
どうでしょう?皆さんこの曲を聴いてそれがイメージされるでしょうか?ちょっとだけ不安。
今日予定していた仕事が相手先の都合で、まあ正確には納期遅れですが、出来ないので明日以降の予定になっていたページ更新作業を今日しちゃいます。
学生時代6年間ほどトランペット(コンクール対策の人手不足で、一時ホルンという何で後ろに音が出るの?という不思議な形状の楽器のパートにレンタルされた事がありますが)をやっていた経験から、トランペット結構好きですね。
それもトランペットの音色が好きです、コルネットでもフリューゲルホルンでもなく。あのパーン!と出る、スピード感を伴う音が何ともいえず好きです。
でもってそのトランペットとも高校卒業までのご縁で、大学時代は一時、一般市民吹奏楽団に席をおいた事もありますが、クラッシック以外のジャンルに沸々と興味がわいてきて、そのまま演奏する事とはご縁がなくなってました。
ただ可能ならばいつかプレーヤーに戻りたいという儚い希望を持っていた事も否定出来なく、銀座に出かけるとApple Store銀座店に直進しつつも、やはりヤマノ楽器が気になって横目で様子伺いが習慣になっていました。
そんな折、プレーヤーに復活出来る機会に恵まれ、この期を逃すともう無理かも…という妙な自己強迫観念にかられて、思い切って復活を果たしました。
まあ、学生時代はマジで一年365日中、360日は練習していたようなもので、それがかれこれ6年も続いていたので、復帰しても少し時間さえもらえればトランぺッターとしての目鼻はつくでしょう、と楽観視してました。
と…こ…ろ…が
音が出ない!?何故?!
いくら学生時代を思い出してやってみても、音にはならず、息漏れの音が管を通してラッパから出るだけ…
原因は歯科治療です。まあ歯だけは丈夫と思っていたのが、実は初めに歯に狂いが生じ出したので、色々歯を治しちゃってるんですね、普通の社会生活を送る為に。
それが影響している事がわかりました。まあ、考えてみれば家で言う所の土台、基礎がもう変わっちゃってる訳じゃないですか。そこに前の家の柱位置通りはうまくセット出来る訳がありませんよね。
ということでトランペッター復帰への道のりは、あまりに長く険しそうなので断念しました。
ならばということで DTMで遊び始めた訳です。
この曲は今から3年ほど前に、大好きなトランペットをメインに自分をイメージして作り上げたものです。
まあ、自分を自分が勝手にイメージして、それを音で表現するのは誰にも迷惑もかかりませんし、刑法、商法、税法上も問題ないはずです、ハイ。
あなたの星座は何ですか?占星術や星占いをどう思いますか?
双子座です。
占星術や星占いには何かあると思いますね。ただ、それが科学的に立証されていないから妙に呪術的な面が強調され、またその呪術性が未知なるものを知りたがる人の心理に作用しているのでしょう、多くの人は占いに関心がありますね、自分もその中の一人ではありますが。
どうも136か7億年前に宇宙が誕生したようですが、全てはそこからの派生です。その前は無、つまり時間/空間/物質/エネルギーのない状態な訳ですから、全ての事の始まりは136億年前のようです。
その始まりから今に至り、その今に自分が存在する訳ですから、今に至る大宇宙の生成過程の中で(今もまだその途上ですが)、宇宙に存在するものの全てが何らの影響を及ぼしあていると想像する事は難しくないでしょう。
人間の心理状態に影響するものに月の満ち欠けもあるという調査報告があるくらいですから。同様に潮の満ち引きも心理に影響するらしいですね。
ただその因果関係が科学的に証明されていないだけの事のように思えます。
ユーミンの詩の中にもありますよね「見えない法則を人は神秘と呼び、操るものを怪しむ」と。
ラーメンほど本人の好みを反映する食べ物も珍しい気がする。
例えば蕎麦であれば返しの好みはあるにしても、蕎麦自体の味への評価は極端に別れる事はない気がするし、それはうどんやパスタに関しても言えると思う。
ラーメンはかなり好きで、仕事や旅行で見知らぬ土地に行くと、地元の名物と地元で名の知れたラーメン屋に出かけるのは必須。で、いままで北海道から沖縄までいく先々で食したラーメンの印象を何度かにわけてレポートします。
初回の今回は勿論、日常的に行く事が出来る東京でのベスト3です。
現在僕が定期的に食べないとどうにも精神衛生に支障をきたしそうなラーメンが、「もちもちの木/新宿店」
こ このラーメンの特徴は、スープは豚骨、鶏がらの肉系スープにカツオ節、サバ節、アジ節、にぼし、昆布等の魚介系スープのダブルスープですが、圧倒的に魚介 系の方が強い熱湯スープ(それでも前よりは温度が下がったように感じます。前は元祖熱湯ラーメンの永福町の大勝軒のスープがぬるめに感じるぐらいの熱湯 で、食べて数分で口内火傷必至でした)に、店名にも掲げられているような「もちもち」のストレート麺が最高の(味と温度共に)ハーモニーを作り上げてくれ ます。
それとここでしか食べた事のない穂先メンマ。なんでもほんとにごく少量しか取れない貴重品らしく、しかもそれを手で裂いているという代物で、その食感は「メンマ」の概念を変えるに値します。
店 内はまるで小洒落たcafe?と思うような、ラーメンというイメージからは明らかなミスマッチなので、もしかして居抜きで借りたの?と思うような雰囲気な のですが、他のWeb情報によると、オーナーの奥様がインテリアを担当したとか。。。となると意図的な訳で、そこが理解出来ると返す刀で思いっきり「お洒 落!」って感じてきます。(ホント、いいかんげん)
機会があたら是非ご賞味あれ。ただし猫舌の人は半径100m以内に近寄る事すらお勧めしません、ハイ。
こ こは何かと驚きの多いラーメン屋ですが、まずはその量に圧倒される事でしょう。僕の記憶が確かであれば麺が二玉半はいっていて、これが普通です。結果、大 盛り等というもはあるはずもなく、女性客で麺の全てとスープを飲み干した人は、足繁く通っていますがあまり記憶にありません。
スープは純粋魚介系のシンプルなストレートで、出汁の魚介は産地指定直接買付けという念の入れ用です。そしてこのスープは極上フレンチでしか使われないという、確かデンマーク産の高級ラードでコーティングされ、湯気がでないのです。
ですから湯気の立っていない丼と、それを食している人の額を流れる汗が摩訶不思議な光景を作り出します。
ここでの売りはなんといってもスープでしょう。体に染み渡るような魚介系の熱湯スープは、それ単体で懐石料理の汁物にもなるような美味さです。
そ
れとメンマ。「もちもちの木」の支那竹が「柔」の雄なら、こちらは「剛」の頂点という感じです。一般的なメンマの延長線上ですが、水炊きではなく乾燥メン
マを使用し、独特の深みと食感を兼ね備えたオリジナルの味に仕上げられています。メンマを別注するとトッピングなどというものではなく、小鉢山盛りで出て
きます。
問題点は麺。オーナーの実家が製麺所であるという理由から、すべての麺をそこで作っているらしいのですが、あの熱湯スープに対し て負けてるんですね。だから決して腰がある麺とは言いがたい。おまけにあの量です。完食するには時間を要する。その間麺はあの熱湯スープの中で麺は長風呂 状態。人間じゃなくてもふやけちゃいますよ。
しかし麺の問題に目をつぶってまでも、一度は経験するに値する極上魚介系熱湯スープです。
僕が始めてこのラーメンと出会ったのは、かれこれ8年前。
一欄が博多以外に初めて出店した北九州店でした。ここも驚かされる事多いラーメン屋さんでしたね。
まず初めに席が全て区切られていて、完全個室状態。でもって、オーダー用紙に麺の固さやチャーシューの有無、秘伝のたれの量、こってり度合い、白ネギ青ネギの選択等を記入用紙に記入することから始まります。
その用紙を暖簾越しで顔の見えないスタッフに手渡して始めてオーダーが受けられるというスタイルです。
何でも全ては創業者(現在はその権利を他者が引継ぎ、現在に至るらしのですが)が考えた事らしく、創業当時は上記のスタイル以外に完全会員制で営業していたようです。
本
来僕は豚骨スープが苦手で、九州に行くたびに地元で有名な店を回ったのですが、なんとか完食に至る程度で、最も有名な博多の元祖長浜ラーメンに至っては、
店に到着するなり漂ってきた豚骨スープの匂い(好きな人にとっては香りと表現すべきところでしょうが)に、もうその場でノックアウト。正直そのままその場
を去りたかったのですが、食べる前での判断もいかがなものかと、まずはトライ。
結果は想像通りで、二口三口で箸がとまりました。なので基本的に豚骨は自分の味覚に合わないという判断を下していた訳です。
と ころがこの一欄。「これが豚骨?」と思えるようなスープに感動しました。まずあの豚骨独特の臭みは皆無で、まるで和食のお上品な濃い目のおすましのような 感覚が喉を通して体に染み渡ります。麺は言わずと知れた極細のストレートで、これがまたこの上品なスープに実にあう。さらに秘伝のたれ。これは唐辛子やニ ンニク等数種の食材を使い熟成させたたれとのことで、これを少しずつスープに溶かしながら食べるとまた格別とあり、確かにこのたれを溶かす事で上品さにパ ンチが効いてきます。
この味に魅せられて九州に出かけた際は三食一欄のラーメンという事が続いていました。
今では東京進出の1号店の六本木店を始め、渋谷や上野、横浜でも食べる事が出来るようになったのは嬉しい限りですが、東京進出当時にあまりに通い詰め過ぎて、現在は少々足が遠のいています。
それでも自分の定番店に変わりはなく、たまにあの上品でパンチの効いたスープが恋しくなります。
自分の時間を自分でコントロール出来る立場を、仕事に支障のない範囲で最大限に利用して水曜日と土曜日の2時間を水泳にさいています。
なぜ水泳?ということなんですが、これが自分でもあまり明確じゃない。
まあ、ダイエット?といわれても2年前からのリズミカルな生活になってから、とても自然に体が絞り込まれ、ジーンズのサイズが34インチから30、ないしは29インチ、現在の実行ウエストサイズ76cmまで引き締まり、「これって、大学時代より痩せてない?!」というサイズになりましたから。
余談ですが、ダイエットの逆効果として過去の財産ともいえるワードローブが壊滅状態になるという現象に見舞われました。
それまでのウエストサイズ88cm相当のトラウザーズやジーンズを履くと、握りこぶしが二つはいってもまだ余る!自分の引き締まったウエストを再確認出来る喜びと同時に、「数年前までこんなにデブだったの?!」という衝撃が錯綜して、一瞬にして頭の中はHappy&Blueという、過去にそんな名前があったような気がする演歌グループ状態がスパイラルします。
ですからダイエットじゃないんですね、水泳をすることの目的は。
では何か?と突き詰めて考えてみると、やっぱり過去の苦い体験からでしょうか。
僕は水泳はからきしダメで、まあ小学校中学校の体育の授業の中の水泳は半分遊びみたいなもので、なんとか事なきを得てきたのですが、高校になると局面が大きく変わった訳です。
僕が入学した高校、当時すでに男女共学でしたが、元を正せば結構歴史のある男子校。その名残でしょうか、文武両立というか体育の授業が結構厳し。
水泳も遊びなんかじゃない、鬼教師が本気で泳がせるんです。カナズチだろうが、トンカチだろうが、ツルハシだろうがおかまいなし。
そんな恐怖の環境の中で、もう溺れる寸前までただただ気合いで泳いでいたのですが、こっちは5〜10メートルも進めば、まずは息継ぎの為にその場に立ち上がる。そして渾身の力で息を吸い込み(吹奏楽でトランペットをしていたので肺活量はあったと思いますが)、また必死に泳ぐ…この繰り返しをしていた時です。
僕がブレスの為に立ち上がると鬼教師が一言「○○、お前、泳いでいるのか?溺れているのか?」
自分なりに命がけ(少々オーバー)で泳いでるのを、「先生、それはないでしょう?トラウマになっちゃいます」状態。
ということで「泳げる」という事に、えも知れぬ憧憬を抱いていたんでしょうね、深層心理学的には。
何度か年間目標に「泳ぐ」という項目を掲げていたのですが、その長年の夢が今叶ったという事でしょう。
行動は今年の5月から始めました。家族でリゾートホテルに出かけた際に、プールがあるのをチェック。早速そこでの水泳を水泳人生のスタート地点と決心し、密かにスイムウエア一式を用意して出かけ、デビューしました。
それからは毎週水曜日に泳ぐ事を決めて続けていましたが、人間慣れとは怖いものです。泳げるようになると、もう毎日でも泳ぎたくなる。そこで週に2回と決めた訳です。
写真はホームプールにしている代官山スポーツプラザにあるプール。メインは25mに5コーズほどでしょうか?サブプールもあり時間帯により、お子様専用や水中ウォーキング専用に使用されています。
外にも小さなプールがあり、夏は日光浴を兼ねた水遊びが出来ます。
このプールは会社と自宅の中間地点と立地も最高で、また比較的マナーのいい方々が多いように感じます。
現在「泳いでるの?溺れてるの?」といわれたトラウマからも解放され、ブレストなら100mでも大丈夫ですし、問題発言を引き起こしたクロールも50mならいけそうです。
目標はバタフライ!
ちょっと大きくでましたが、僕のフランクリンシステム手帳にはその目標が明記されてます。